テキトーエレガンス

頑張るのやめてテキトーに委ねよう。そして浮上しよう。

あなたの言う「みんな」はいない。ナチュラルな同調圧力を疑って始める心が軽くなる習慣。


こんにちは。Bliss(@Bliss_Blink)です。

日本には「空気を読む」「協調性」のような「和」を重視する気質があることは知られていますが、

我々日本人は生まれ育った環境がすでにそうであったため、その「空気を読む」異質さに変だとか嫌だとか感じる

瞬間はないかもしれません。

日本人特有の和を重視する傾向は外国人には理解しがたいもので、

この出る杭は打たれる土壌があるから日本ではビルゲイツのような天才が生まれないのではとの指摘もあります。

この辺ちょっと奇妙に映る人がいます。

「何で飛行機で帰ってはだめなの?」

ここがヘンだよ日本人の「みんな」を気にすること

日本の職場で「空気を読む」ことや「控えめ」であることを強いられ、とても苦労をしたアメリカ人の友人がいます。

仮にDさんとします。

Dさんが日本のあるベンチャー企業に勤務していた当時、大きなカルチャーショックを受けることが起きました。

出張先の地方都市から早いからといつもと違う交通手段である飛行機で帰ってきたことがあったそうなんですが、

その後なんと会社で大バッシングを受ける事になったそうで。

みんな飛行機なんて使っていないのに・・」「みんな飛行機なんて乗らないのに・・」

Dさんは責められる理由が分からずすっかり意気消沈してしまいました。

調べてみたらその地方都市から新幹線を使っても飛行機(格安LCCとしてまう)を使っても運賃は一緒で

予算オーバーしているわけではありません。

では飛行機で帰った前例がないから怒られたんでしょうか。

・・それも違うんじゃないかと思います。

はは〜ん。これあれだな。

飛行機を使って帰ることを「勝手にみんなと違うことをした」ととられて、みんなと違う事をした人に対して罰しているんじゃないでしょうか。

「“みんな”新幹線を使って一緒に帰って来ているのに、一人飛行機で帰るとは何事か。」

そのバッシングの下にはこんなジャッジが隠れています。

→みんなと一緒にしなさい。一人で勝手なことしないで!

「みんなと違うことをしないで!」

どこかで聞き覚えのある言葉じゃありませんか?

・・そう。私たちが学校に通っていたとき。

幼稚園では「チームで輪になって!一人行動はいけません!」

遠足では修学旅行では、「一人行動や身勝手な事はいけません。」

「みんなと同じように宿題ができないと将来困りますよ」

高校生になっても「スカートは膝下10cm!髪は黒髪にしないといけません。」

↓多様性な時代にこんな気持悪いしきたりがあったなんて・・ゾッ toyokeizai.net

・・・・・・

帰国子女やインタナショナルスクールに行っていた人は知らないかもしれませんが、

私たちは物心つく頃からナチュラルに同調するように親や先生から教えられてきたんですよ!

え?それの何がおかしいの?と疑いすら抱かなかったら

考え方を改めた方がいいかもしれません。

「周りと同じようにしなくちゃ」と必要以上に繕ったり、

同時に周りの人に対しても「みんなと同じようにして!」と強いているかもしれないからです。


あたりまえの同調を疑おう

目立つことを恐れる私たちはあれだけ「個性的になりたい」と切望しながらも、

内心は周りに埋没するのが心地いいと思っている節があるし、

周りの環境がそうである以上、「人と違うことをするぞ!」「もっと自分を主張するぞ!」と言ったところで

トラブルメーカーになりかねません。

同調・協調性は日本人のDNAであり、日本人の気質であり、本能。

日本人がムラ社会の中で培ってきた、空気を読んだり協調性を重んじる能力を否定するわけではありません。

私はそれを人に強要しなければいいと思っています。

「みんながこうだから」

はたして「みんな」が言う普遍的で絶対的な「みんな像」なんてあるんでしょうか。

その「みんな」はこうすべきだと理想をもとにつくった幻想ではないでしょうか。

みんなが〜、みんなは〜、と言うことで自分もその「みんなの輪」に入ることに安心しきっているだけです。

なぜなら「みんなの輪」は安心だよ〜失敗しないよ〜正解だよ〜と嫌というほど刷り込まれているから。

「良い大学に入って○○歳で就職して、○○歳頃にはいい人と結婚して、子供を設けて、マイホームを持って、子供の教育費や老後資金を貯めて・・」

↑昭和の時代からみんなみんな「良い」と思ってきたことです。

これと反対の生き方は逆にみんながダメなので、良しとされません。

・・う〜ん。本当かな?

反対の生き方をして幸せな人だって掃いて捨てるほどいるのに。

その「みんな」って本当にみんなが言ったことでしょうか?

みんなに合わせるべきって本当にそう?そうやってちょっとでも疑ってみると、最初は小さかった疑いの穴がブワッと広がって、

そこから晴れ間が見えてきます。

その晴れ間には「みんな」がいないはずです。

私はこのままで良かったんだ!とスッキリするはずです。

だから最近子供には「みんなが」とか「クラスでは」とか、周りのスタンダードを意識させる言葉はなるべく使わないようにしています。

「人それぞれ!人の脳みそだって色々!」と捉えて、変にジャッジしないことで、

あなたもあなたの周りの人も思い込みから抜け出せ、

ブレークスルーが起きるはずです。


・・っとちょっと酔っぱらった頭で考えてみました。

「みんな」お酒はほどほどにと言うのでほどほどにしておきます。

あ!