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テキトーエレガンス

頑張るのやめてテキトーに委ねたら浮上していった件

「ただ何となく」抱いた気持ちを無視すると宇宙だって怒ります

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オリンピックが終わりました。

特に今年はメダルの獲得が多くて見ていて楽しかったですね。

メダルへの重圧と期待を乗り越えてあれだけのパフォーマンスを見せてくれる選手達に拍手したい。

っていうか、男子陸上や女子バドミントンいつからあんなに強くなったんだってばよ・・?

漠然としたモヤモヤ感の正体はこんなこと

やりたくもないことで毎日が消化試合になってない?

毎日のルーティーンって私達をじわりじわりと消耗させている。

おそらく日本では殆どの人が、たいして好きでもない仕事を続けている。

「継続は力なり」「仕事は辛いもの」── こんな古くさいことを良しとする日本ではそうかもしれません。

仕事を思い浮かべたとき、「生活のために」「別に好きでもない」「仕方なく」こんな言葉が出てきたら要注意。

こんな生活が一生続くんだろうか・・

何のために生まれてきたんだろう・・

ふとした瞬間にこんな思考が頭を回りはじめて、自分が取り返しのつかないところまで来ちゃったんじゃないか

どうしようもない閉塞感に駆られる。

あなたにそぐわない仕事や生き方をしていると、宇宙はあなたに「嫌な気分」を感じさせてこちらに教えてくれる。

例えば私達が「生活のためにやっている」「別に好きでもない」「仕方なく」やっている事。

大抵の人が嫌な気持ちをただの「気の持ちよう」だと無視して

今日もまたズルズルとやりたくもないこと、

どうでもいいことを惰性で続けてしまう。

モヤモヤ・・・

悶々・・・

↑これ全部、宇宙からのサインなんですよ


天の声はじわじわ届くケースの方が多い

実はふんだんに届いている宇宙からのサイン

エライ人達は、

宇宙のサインは別にピンときたインスピレーションばかりではない。

むしろ「何となく」といったようなじわじわとした感覚を伴うケースの方が多い。

と口を揃えて言う。

だから、宇宙のサインが来るのは決して特別な時ではなく、常日頃から降り注いでいるものなんだと。

「ピン」と来たものばかりが宇宙のサインではないということなんだ。

そう考えると、ああ、思い当たることがあるある。

選択の連続の私達の生活では

今日のランチはパスタより何となくラーメン食べたかったらラーメンにした〜みたいな。

何か分からないけど、今日は乗る気じゃなくて飲み会の誘いを断ったな〜とか。

帰りに立ち寄ったお店でカワイイ雑貨見つけた〜とか。

こんな日常の些細な「何となくこっち」と思った気持ちこそ、宇宙からのサイン。そういうことなんだ。

なるほどね〜。

天の声、直感、宇宙のサイン、なんて聞くと、何か特別な時にピンッと閃くみたいな

カンのいい人じゃなくちゃ受け取れないような、どことなく高尚なイメージがありますものね。

実はそんな大それたことではないんだ。

どうしてもこれだ!と閃いたものばかりが宇宙のサインだと思いがちだった自分にも

良い戒めになった。

ピンと来る直感やヒラメキが急性的なものだとしたら、

慢性的な宇宙のサインもあるのか。


どうして宇宙は私に答えを教えてくれないのでしょう、と嘆いたところで

宇宙から言わせれば

「そっちじゃないよ!こっちだよ!って毎日YOUにサインとして教えてますけど何か?」

と一蹴されてしまいますね。

日常での色々な選択を思い出してみるといいかもしれません。

宇宙からのサインはいつでもしっかり届いていると知ったら

気が軽くなりませんか。


いつもよんでくださってありがとうございます。

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